プライベートビーチを背に

 この旅行はタイ航空のマイレージが45,000マイルを超え、サービスチケットの権利を得たことから始まる。

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T.マイレージでタイに行くまで

 

 

 平成13年11月のことであるが、数ヶ月中にマイレージ交換の手続きをしなければ権利が消滅してしまうとの連絡を受け、とりあえず関西空港〜バンコク〜チェンマイの往復を平成14年3月に旅行すべく予約した。便名はTG621便マニラ経由、帰国はTG620便でこれまたマニラ経由と、出発時間が早く、関西空港到着が遅いという悪いパターンである。私の住んでいる滋賀県の長浜から関西空港までは、うまくJRの乗り継ぎができても2時間半はかかってしまう。関西空港を10時30分発の便ならば、長浜出発は5時の始発列車になり、関西空港を21時30分に到着する便ならば、帰宅が深夜1時前になってしまう。
 結局仕事の都合で旅行時期を4月に延期することになるのだが、変更ついでに往路をTG623便、復路をTG626便にすることができた。また、このチケットはバンコクでストップオーバー(途中下車)不可との事であったので、バンコク単純往復に決めた。         ↓パタヤビーチ全景

 タイ訪問は昭和61年1月の最初の訪問より12回を数えるため、どこに行こうか迷ってしまった。できればのんびり過ごすためにまずはビーチでもということになり、バンコク空港より直行バスがある便利なパタヤビーチを選んだ。ホテルはプライベートビーチを持ち、丘の上に立つ「アジアビーチホテル」に決め、価格の安いゴルフ場側の部屋指定なしの部屋を予約した。

 

U.いよいよパタヤビーチへ

 

 

タイ・パタヤのの町並み
↑パタヤの町並み

 バンコク空港に到着しパタヤ行きのリムジンバスを探したが、すでに出発した後で、バスターミナルへ行けと言われた。タクシーで約15分、場所はよくわからなかったが郊外のバスターミナルまで連れて行ってもらった。そのバスターミナルには駐停車するバスが200〜300台はあるだろうか、とてつもなく広く、とりあえずパタヤ行きのチケットを並んで購入した。81番乗場へ行けと言われたが、規模が大きすぎて解らず、そこら中の人に聞きながら探したが出発2分前になってやっと見つかり、あわてて駆け込んだ。

そのパタヤ行きのバスの乗降口では若い男女がさかんに言い争いをしていた。聞いてみると痴話喧嘩とのことで、気の強い女性はバスを降りてしまい、あわてて相手の男も降りていった。ほどなくバスは出発した。このバスはハイウェー経由で途中チョンブリーに立ち寄り、半分の客がそこで下車した。約2時間10分後、やっとパタヤビーチに着いたときには夕刻の6時になっており、近くのコンビニで当座のビールやおつまみを購入し、トクトクにてホテルに向かった。予約した部屋はホテル向かって右側の3階に用意されていた。

V.パタヤの1日目、丘の上の寺めぐり

 

 

 部屋からは奥地に向かって小高い丘が見渡せた。あざやかな緑の林の中には寺らしき建物が見え、ビュフェの朝食が済むと、歩いて朝の散歩と、1日のスタートを切った。約1.5kmもゆるやかな道を歩くとやがて小高い丘の麓にたどり着いた。さて、先ほどの建物にはどの道を行くのかわからず、近所にたむろしていた青年に”Where's the road to Temple?”と下手な英語で聞いた。するとしばらくして”Right”と指さしにっこりと笑いかけてくれた。礼を言い、山沿いを歩くとやがて右に折れる道が現れた。


↑まばゆい黄金の布袋様

たぶんさっきの青年が言っていたのはこれだろうと頂上を目指した。すると参道が現れ正面の階段を登り詰めたところに黄金の布袋さんがにっこりと見下ろしていた。参拝客は私を含め2〜3人で、後で調べたら「Wat Phra Yai」という寺であった。

  茶店らしき休憩所があり、シンハービールを買い海岸を見渡した。ここからは右も左も全てのパタヤビーチが見渡せ、建築途中のホテルや高層のホテルなど全体の様子がわかった。登ってきた道を戻ると正面に小高い山があり、舗装した道が上に向かっていた。せっかくだからと山頂を目指すとやはりここにも「Khao Phra Bat」という寺があり、先ほどの寺より由緒ある寺のようだった。寺の左側の広場にはタイでは有名な将軍の大きな銅像が安置され、サウスパタヤビーチがより詳しく見渡せた。この広場のベンチには若いカップルが肩を抱き合っており、夜ともなれば格好のデートスポットになることであろう。(その2に続く)

将軍の銅像↓

 

 

 

 

 


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