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その34>>ウズベキスタンを旅して

 中国の天山北路を経て中央アジアのウズベキスタンへ、かって草原のシルクロードと称され世界文化遺産に指定されたオアシス都市を訪れた。関空から南へ8時間の首都タシケントは、200万の人達が暮らしており、石油など天然資源に恵まれたこの国の首都に関しては、近代的な建築が並び地下鉄も走る中央アジアの中心をなしていると言っても過言はない。しかし車で30分も走れば現代から中世へ時計の針が、どんどん逆回りするのを解っていただけるだろう。そもそもタシケントは2,000年前にはチャチと呼ばれていたそうで、現在の名前は11世紀頃石の町の意味で名付けられたと言われている。シルクロードの重要な中継地のため、モンゴル・コーカサス・ロシアなど多くの国に支配されてきた。近年ソビエト連邦の崩壊により、やっと中央アジアのキルギスなどの国々と独立を果たした。そのなかでもでもウズベキスタンは優等生であり、政治的にも最も安定している。最初この国を訪問する計画をしたとき、テロが横行し無事帰国出来るのかと質問されたが、この国に関しては心配無用である。
 さて、暮らす人々の話であるが、こと女性に関しては『こんな別嬪見たことない』と言ってはばからない。貴男の目がおかしいのではないかと言われそうであるが、決して誇張しているわけでない。先ほどこの国の歴史にふれたが、異民族がこの国を征服したとき男は情け無用に殺されたが、女性と子供は征服者が大切育て世話をしたそうである。そのため混血が幾度となく行われ、優性遺伝のためか女性は多くの美人を生むことになった。そのためか容姿はロシア人とアジア人の良いところミックスしており、いろいろな国を旅し美人のふるさとと聞かされたがここの比ではない。疑問であれば訪問して頂きれば納得出来る事だろう。
 ちなみに、ウズベキスタンにはヒバ・サマルカンド・シャフリサーブス・ブハラの4つの世界文化遺産がある。今回の旅行はこれらすべてを巡るのが特徴であるが、まだ道路事情が悪いため移動時間が4時間から8時間ほどかかり、これからの道路整備が待たれる。この国の世界文化遺産の特徴は、サマルカンドブルーと呼ばれる青いタイルを使用した建築群で、イスラムのモスクの丸屋根などに使用され空の青より美しいと賞賛される。もちろん内装材としても使用され、繊細で小さなタイルでデザインされた壁画は見る者を圧倒する。
 広大なカラクム砂漠とアムダリア川の畔に栄えたオアシスの町ヒバは、古代ペルシャ時代より栄え二重の城壁により守られており、内城イチャン・カラに多くの文化財がある。我々はまず城内の民家を利用したレストランにて、伝統的なパンの一種ナンと田舎料理を味わいこの家の家族の人達とも親交を深めた。正門のオダ・ダルバザをくぐると正面にカルタ・ミナールがそびえ立つが、この塔はもっと高く計画されたが今の大きさで中止されたそうだ。これと向かい合っているのがかっての王宮であるクニャ・アルクで、モザイクが美しい宮殿や謁見室が見学できる。この奥に別料金を払うと展望台に上れるが、ここからはヒバ市内が一望できまわりにカラクム砂漠越しに、隣国トルクメニスタンを遠望できる。さらに奥に進むとひときわ高い塔であるイスラム・ホッジャのメドレセ(神学校)とミナレット(塔)にたどり着くが、これは階段がきつく登るのが大変なので誰も挑戦しなかった。この他には212本の木造の丸柱で支えられ、シルエットの美しいジュマ・モスクがある。ここの観光で大変うれしかったのは我々以外の観光客はほとんど見かけず、ゆっくりと静かな雰囲気に浸りながら古城を楽しめたことだ。
 最後にブハラをご案内しよう。ブハラはかってシルクロードの要所として栄え、9世紀にはサマニ候国の首都となり、そのため360のモスクと80の神学校が建てられた。この町の中心にはブハラ・ハーン(王)が代々居住していたアルク城があるが、現在玉座の間や大臣の勤務室などが公開されている。市内のどこからでもひときわ目につくのがブハラの象徴である巨大な光塔カラーン・ミナレットで、ミル・アラブ・メドレッセとともにブハラの観光の目玉でもある。
 さて、ウズベキスタンの通貨単位はソムであるが、1ドルは約1,200ソム・100円は約1,000ソムである。しかし日本円は全く通用せず現地通貨かドルのみ使われている。タシケントのホテルの両替所に案内したとき、最初の方が300ドル両替を申し込まれた。しかし窓口の女性に50ドル以下しか両替出来ないと断られた。仕方なく50ドルで申し込むと、窓口の女性は大きな札束を勘定しドサッと置いたが、その量を見て一同驚いた。5cmにもなろうとする厚さだ。よく見てみると500スムが何枚とあとはすべて200スム紙幣である。50ドルは約60,000スムになり、200スムにすると300枚にもなる。しかもかなりくたびれた札などで、とても札入れに入る額でなくカバンに放り込む。1,000ソム札もあるがほとんど流通していないそうだ。 そして砂漠のこの国の特産物として美味しいかったのは果物で、市場にはハミ瓜・サクランボ・ぶどう・スモモなどが売られているが、乾燥地帯のため糖分が凝縮されるのかどれもいける。特に人気があったのはアメリカンチェリーを一回り大きくしたサクランボで、日本の佐藤錦にも匹敵するほど甘さがあった。スモモも日本では若干すっぱさがあるが、ここのは本当に甘く食事では果物を食べるのが楽しみであった。
                      (安)これは2007年6〜7月に掲載されたものです

 

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